国語 JO作文

巻島京子 編1 ドッチボールの女王
「タッチ」
 ジャングルジムにしがみついたままのリエ
子の頭に正義の手がポンとのる。
「外側じゃ駄目なのかな」
 リエ子はジムから降り、赤いランドセルを立
て掛けた緑色のポールネットに寄りかかった。
「動きはいいんだけど、アウトレーンはりーチ
の差が極端に出るんだ。タッチするだけじゃ
なくて、ジムのブロック一マス先を掴めるのと
掴めないとでは進み方が全然違うから」
 同様、リーチのない勇がリエ子を慰める。
「内側だったら、早いのに」
「まあな、インスペースじゃリーチのある奴
は大抵、タッパがあるから動きずらいし、リ
ーチ自体が邪魔になる時もある。幾ら長い
リーチを延ばしても相手がそこにいなけりゃ
意味がない」
 正義もー休みとばかりに、ボールネットに
寄りかかった。
「最近、インスペースでは山中さんに勝てな
いもんね」
「外側でも勝ちたいなぁ」
「まあ、アウトレーンで俺に勝てるやつはい
ないってことよ。あの裏切り者でもな」
「山中さん、もう時間だよ。ドッチボール大会
のことで帰りの会が長引いたから‥‥塾、
今日あるんでしょ?」
「あっ、いけない!じゃあ、私、帰るね。さ
よなら松林君、さよなら桧垣君‥‥桧垣君、
ジャングルジムで女の子のスカートの中ばっ
かり覗いてたら駄目だよ」
「大丈夫だよ。最近、ほとんどの女の子たち
はブラックパンツ履いてるから」
「ブルマー履いてるからって覗いちゃ駄目な
のっ!」
「委員長がホワイトパンツでジャングルオニ
やってくれたら、もう覗かないんだけどなあ」
「な、なに言ってるのよ」
 顔を赤くするリエ子。
「あ、ピンクのチェックでもいいかな」
「‥‥馬鹿っっっ!」
 真っ赤になって、走り去るリエ子の後ろ姿を
眺めみる正義。
「小学生は可愛いねぇ」
「‥‥君も小学生だ‥‥」
 ポツリと呟く勇だった。
「‥‥‥‥二つ質問がある。一つはここで何
してる?もう一つはアウトレーンで誰が勝て
ないって?」
 いつからいたのか、両手を不機嫌そうに組
んだ奈緒人が立っている。
「見りゃ分かるだろ、ジャングルオニだよ、
裏切り者。体育館でドッチボールの特訓は
どうした?」
 こちらも不機嫌そうに言葉を返す。
「だから言ってるだろ!来週の大会まで京子
ちゃんの協力してるだけだって」
「あのなぁ、ドッチボールよりジャングルオニ
の方が面子が足りないんだぞ。だいたい京
子ちゃんの馬鹿力なら一人でだって勝てるだ
ブフッ!」
 どこからともなく飛んで来たボールが正義の
顔面に直撃した。
「聞こえたぜ、誰が馬鹿力だ?」
 少女がボンボンとバウンドして転がるボール
を拾い上げる。背が高い上、プロポーションが
良く、出るトコ出てますといった胸とお尻が、
上下に着込んだ緑色のジャージからも見て
とれる。健康的なスポーツ少女といったショ
ートカットで、口元に覗く小さな八重歯が可
愛らしかった。
「ッ‥‥そういう豪速球を投げるのを馬鹿力っ
て言うんブフッ!」
 もう一撃に、顔を押さえる正義。
「おいおい‥‥これぐらい取ってくれないと
特訓にならないぜ」
「勝手にここで特訓始めるなっ!」
 無視してジャージを脱ぎ、準備を始める京子。
「京子ちゃん、壁打ちしながら待っててくれた
んだぞ」
「あたしならいいって、奈緒君にはパスワー
クにも付き合ってもらったし‥‥なあ正義、
改めて頼むよ、フォーメーションを組むには
最低三人は必要なんだ。あたしの特訓、受け
てよ。こんなオニゴッコいつでも出来るだろ」
「こんなオニゴッコだと‥‥」
 一瞬、声のトーンに怒気をはらむ。それに気
づいた勇が正義の前に出る。
「で、でもさあ、正義君じゃなくてもいいん
じゃない。リトルリーグの小西君たちもいる
んだし‥‥」
「フン。あんな、女子にボールぶつけて泣か
せて喜んでるような奴らじゃ駄目だ‥‥見込
みがあるのは奈緒君と正義だけなんだ」
「買いかぶってくれるのはありがたいけどな、
特訓の件はハッキリ断ったし、ドッチボール
大会にもちゃんと出て真面目にやる。後は何
をしようが俺の勝手だ!」
 フンとそっぼを向く正義。
「‥‥何でアイツ、あんなに怒ってんの?」
「‥‥僕がジャングルオニよりドッチボール
の方をとったと思ってるんだ‥‥あとは京子
ちゃんのこんなオニゴッコ発言かな、それに
は僕も反論はあるけど‥‥でも、ちょうどいい
から例の作戦でいこうか」
「オッケー」
 パチンとウインクする京子。
「帰ろうぜ勇、なんだか気分悪い」
「う、うん‥‥」
 二人がネットに引っかけておいたランドセル
を持った。
「ちょっと待った。もう一つの質問に答えて
ないぞ」
「ん‥‥質問だと?」
「アウトレーンで誰が勝てないってやつ」
「‥‥やろうってのか」
「ああ‥‥でも、僕じゃない」
「僕じゃないって‥‥」
「あたしだよ」
 屈伸運動をしながら答える京子。
「‥‥へぇ、また素人かよ」
「その素人のリエ子に前回は大苦戦したって
聞いたけど」
 素人という言葉にピクリとした正義が京子に
言い返す。
「京子ちゃんと委員長じゃ違うんだよ。その
タッパとリーチじゃ、インスペースは無理だ」
「誰がインスペースで勝負するって言った」
「じゃあ、何処で勝負するつもりなんだよ」
「だから質問したじゃないか、誰がアウトレ
ーンでお前に勝てないのかって」
 奈緒人がニヤリと笑う。
「正義、あんたをアウトレーンで倒す!」
 京子がビシリと指を突き付ける。
「ア、アホくさ‥‥帰るぞ」
「へぇー、あたしを素人呼ばわりしたあんた
が逃げるの」
「‥‥‥‥」
「やっぱ、ジャングルオニなんか大したこと
ないわよね。たかがオニゴッコだもんね」
「‥‥‥‥」
「ドッチボールにビビッてこんな校庭の片隅
でチマチマやってるだけだもん。そんなヘタレ
が素人と勝負なんて出来なくて当たり前だっ
たわ。ゴメンねヘタレ、じゃなかった正義」
「‥‥分かった。相手してやる。ただし、そ
れだけのこと言うんだ。負けた時の覚悟は出
来てるんだろうな!」
「パンツでしょ、見せてあげるわよ。ただし、
あんたが負けたら、来週の大会まで中休み
と昼休み、それに放課後はあたしの特訓に
奈緒君、勇といっしょに付き合うこと。どう?」
「エッ!なんで僕も」
「勇、あんただって、リトルの連中なんかより
よっぽど見込みあるんだよ。特訓してあげるっ
て、たっぷりとね」
 笑いながらボールを軽く投げつけたのだが、
その剛球はビュツという音とともに風を裂き、
バシッと勇の胸に着弾する。かろうじてそれ
を取り落とさなかった勇の顔は青く引きつっ
ていた。
「‥‥や、やめよう、正義君。こんなボール
とってたら、来週までどころか今週中に死ん
じゃうよ。せめて僕だけ‥‥」
「よーし、俺も勇もオッケーだ」
「エエッ!」
「勇、俺を信じてくれって、俺がアウトレーン
で負けると思ってるのか?」
「そ、それは‥‥」
「だろ、ドーンと俺に任せろ」
「‥‥うん。分かった、任せるよ。正義君を
信じるっ!」
「ところで京子ちゃん。俺が突然、風邪ひい
ちゃったりしたら、勇が俺の特訓分もやるっ
てのはありなの?」
「まあ、風邪ならしかたないな。その分、勇
に強くなってもらうか」
「コホッ、コホッ、じやあ勝負するか‥‥ゴ
ホホッ」
「いきなり風邪の症状出さないでよっ、正義
君、勝つんでしょ」
「あ、当たり前だろ‥‥ゲホッ‥‥チンフル
ベンザかな‥‥今年は直りが遅いっていうし、
来週までゆっくり休もうかな‥‥」
「インフルエンザでしょ、それに今、春なん
だよ!」
「‥‥チッ‥‥」
「チッて言うなぁぁぁ!」



続きへ

国語へ