「あの自信が気になるんだ」
「そうだよね、前回の山中さんの時には念入
りに油断させてきたのに」
「あっ、ルールのことなんだけど‥‥一つ、
いいかな」
京子が少し困った顔をしながら話かけてくる。
「ハンデか?」
「違うって。これってアウトレーン最強戦でしょ、
あたしとしてもじっくりやりたんだけど、今日、
家の手伝いがあるのよ。試合時間を先攻、
後攻十分ずつの二十分にして、インターバル
とタイムなしってのはどう?」
「いいけどよ。それって京子ちゃんの方が不
利だぜ、本当にハンデつけるか?」
「冗談でしょ、あたしこそハンデあげるわよ」
「ひ、人が親切で言ってやってるのに‥‥」
「フ〜ン。あたしの方が親切で言ってやって
るのにねぇ、本当にハンデいらないのぉ?」
おちょくるように笑う京子。
「いらねぇっ!それより時間ねぇんだろっ、
とっとと始めるぞっ!」
怒りもあらわにして、正義がジムに上る。
「じゃあ、始めるよ。先攻のオニは‥‥」
「俺に決まってるだろっ!」
「先攻、正義。始めっ」
笛とともに試合が始まる。口で言うだけのこ
とはあり、長いリーチを生かして素早く逃げる
京子。しかし、それ以上に素早く追う正義。
「どうしたよ、全然、逃げ切れてないぜ」
余裕を持って追いかける。
「くっ‥‥」
懸命に逃げるが、二人の間はまたたく間に
縮まり、開始三十秒でタッチとなる。
「まだまだ、こんなもんじゃねぇ。本気出して
いくぜ」
十秒数えた後、更に京子を追い始める。
「このままじゃ巻島さん、負けちゃうよ?」
二人のジャングルオニを見ていた勇が奈緒
人に話しかける。
「あれ、勇君は京子ちゃんに負けて欲しくな
いの?」
「ドッチボールの特訓は嫌だけど‥‥あまり
にも無謀って言うか‥‥正義君にアウトレー
ンで勝負するなんて」
「確かに、アウトレーンで正義に勝てる奴は
いないだろうな」
「だったら何で」
「勇君、アウトレーンで正義が僕らより勝って
いるものって何だと思う?」
「えっ‥‥パワーと‥‥リーチかな」
「当たり。パワーは体を引き付けるのに必要
だし、リーチは先にあるブロックを安定した
状態で掴むのに必要だ。クラスの男子でも
正義はトップだろうな」
「女子では巻島さんが間違いなくトップだけ
ど、男子と女子じゃ‥‥あっ!そう言えば、
この前の保健体育で‥‥」
「男子と女子に差が出始めるのは第二次成長
期から、むしろ第一次成長期までは女子の方
が身体の出来具合が早いんだ。パワーでは京
子ちゃん、リーチでは正義が僅かに勝ってる。
この二つに差はないよ。でも残りの一つ‥‥
この差が正義を敗北に追いやる‥‥」
「残りの一つ?」
謎めいた言葉に、勇は小首を傾げた。
「ピーツ、前半戦終了」
本気の正義を相手に、京子も善戦したが二十
ポイントもリードを許してしまった。
「どう、奈緒君?」
「良くやったと言いたいんだけど、あのバカ
本当に本気でやったな」
チラリと正義を見る。
「あったりめーだろ、俺にかかれば‥‥ハァ
ハァ‥‥こんなもんよ」
ピッと中指を立てる正義。
「確かに強いわ。練習した時の奈緒君と同等
か、それ以上かも‥‥」
「どうする?本当に例の作戦でいいの?何だっ
たら、次でトールハンマーを使っても‥‥」
奈緒人が小声で京子に話しかける。
「ううん。折角、二十ポイントも取らせたん
だもん、例の作戦でいくわ。心配してくれて
ありがとう」
インターバルなしでジムに上がる京子。
「後攻、京子ちゃん。始めっ」
再び笛の音が鳴り、京子が正義を追いかける。
「どうしたっ、アウトレーンで俺に勝つんじゃ
なかったのかよ」
「くうっ‥‥」
開始から三分たっても、二人の間にある2レ
ーンの差が縮まらない。
「左右にフェイントをかけるんだ京子ちゃん」
見かねた奈緒人から声が上がる。
「よーしっ」
右に左にと移動を変える京子。
「‥‥おーっととと、危ねぇ、危ねぇ」
行き過ぎて、逆に京子との距離を締めてしま
う正義。が、慌てて引き返そうとすると、今
度はそちらへと京子が距離を縮めた。
「コッチよ」
更にフェイントをかけて、翻弄する。
「ちいっ」
舌打ちをして体勢を立て直す正義。
「残念、コッチでした」
フェイントにフェイントを織り混ぜる京子。
「なんだとっ」
慌てて逆に逃げようとする。 |