雲一つない晴れ晴れとした青い空を雀たちが
気持ち良さそうに飛び回る。ここニュー七瀬住宅
に住む委員長こと山中リエ子にとっても気持ちの
いい朝になる筈であった。
「‥‥くすん‥‥」
情けない顔で鼻を鳴らす。トイレの夢を見たのだ、
何の疑いもなく用を足す。最近になって夢かもと
思い回避できる時もあるのだが、今回の夢は完全
にリエ子の意識を欺いた。
「ママに叱られちゃうよぅ‥‥」
普段は優しい母親だが、お行儀や躾などは厳しく、
リエ子の夜尿癖にはお尻をぶつこともあった。
「‥‥どうしよう‥‥」
暖かな布団の中が急速に冷え込んでいくのを感じ
ながら、枕元にある猫の目覚ましを見た。時計の針
はまだ五時と六時の間を指している。こんな時間に
起きているのは新聞配達か牛乳屋さんくらいである。
リエ子の家の前は通りから一本真に入った細い
路地でそれほど人通りは多くない。
「う〜ん‥‥」
今日は水曜日で茶道を習う母が帰ってくるのも
遅い。学校から走って帰れば、自分で布団を取り
込むコトも出来る。シーツはほとぼりがさめた日に、
汚れたからと洗い物の中に放り込めばなんとか
なるだろう。
「‥‥よいしょっと」
リエ子はベッドから出ると下の階に眠る両親を
起こさないよう布団を静かにべランダに持ち出した。
爽やかな空気と暖かな朝日が心地いい、これなら
すぐに乾くだろう。
‥‥カチン‥‥。
玄関ポストの方でガラスが擦れる音が聞こえる。
牛乳嫌いのリエ子の為に母親がとり始めた配達で
ある。今日はいつもより遅い配達のようだった。
「‥‥ふう‥‥」
リエ子は部屋に戻ると濡れたパジャマの下と
パンツを着替える。濡れた衣類は洗濯機が動く
直前に押し込んでしまえばいいだろう。乾いた
下着の気持ち良さにウトウトとしながら、ベッドの
上に残る薄手の毛布にくるまった。母親が起こし
に来るまではだいぶ時間がある。
「‥‥‥‥スゥ‥‥‥‥」
安らかな寝息をたてるリエ子のベランダを見上げる
少年。その手には桧垣牛乳と書かれた瓶があった。
次の日、リエ子はうつらうつらとしながら、最後の
授業を受けていた。算数が恨めしく、呪文のような
数式が頭の遠くで響く。昨日はオネショが怖くて
寝付けなかったのだ。更に昨夜から一滴の水も
飲んでいない。カラカラになった喉に耐え切れず、
授業前に水をタップリ飲んでしまうと、満足感と
満腹感で眠気に拍車がかかった。
「もう少しで帰れるもん‥‥」
委員長としての面子がある。居眠りなど出来ない。
不屈の精神で授業と帰りの会まで乗り切ったのだが、
サヨウナラの挨拶の時に限界を越えてしまった。
クラスメイトが帰る中、リエ子は机に突っ伏して、
ほんの少しと仮眠をとったのが失敗であった。
「‥‥山中さん、どうしたの?」
「委員長、寝むたそうだったな、ソッとしておいてあげ
よう。アッ!正義、保健室の鍵を戻してないだろう。
薬師寺先生、出張なんだからちゃんと戻しておけよ」
意識の遠くで奈緒人たちの声がボンヤリと聞こえた。
「すぅ‥‥スゥ‥‥」
そして、悪夢がリエ子を襲った。利尿を催している
意識に遠くから少年の声が語りかける。
「かき氷、スイカ、アイスコーヒー、大洪水、ダム決壊。
ここはトイレだよ、プールの中だよ、オシッコすると
気持ちいいよ」
聞き覚えのあるその少年が歌い出した。
「シャーシャー♪尿が出る。狙い定めろ、便壷ター
ゲットー、シャーシャーシャアー♪」
チョロ‥‥チョロチョロ‥‥。
太ももを伝う生暖かな感覚。股間から拡がる心地
よい解放感。
「もうオネショしないから、ゴメンナサイ、お尻をぶた
ないでっ!」
ガバッと机から跳ね起き、そこがベッドではないこと |